【No.309】FRBの誤算…遠のく利下げ…年1回?…市場の見通しは

米国経済は減速方向に向かいつつあるが、ペースは穏やかだ。米労働省が7日に発表した5月の雇用統計で非農業部門の就業者数の伸びが市場予想を上回り、景気がなお堅調であること示した。どうやらインフレの鎮静化には時間がかかりそうだ。市場の利下げ予想は再び修正を迫られている。

米雇用統計で注目されるのが経済活動の力強さを映す就業者数の伸びだ。米連邦準備理事会(FRB)は20万人を上回るかどうかで景気の好不調を判断しているとされる。5月は前月比18万~19万増の予想に対し27.2万人増だった。FBRのパウエル議長は「3か月平均」では24.9万人増だとして、新型コロナウイルス禍後の70万人超と比べれば落ち着いてきているが、20万人を上回る状況が続いており、労働市場はなお加熱の修正過程にあるとみる。雇用の過熱感が完全に消えるまでには時間がかかるとの見方が大勢を占めている。PNCファイナンシャル・サービス・グループは就業者の伸びの落としどころは月17.5万程度とみており、そこまでにはまだ距離がある。秋までに利下げを開始するためには、夏の間にインフレ率の鈍化を数回確認する必要があるとの慎重な見方もある。

利下げシナリオに誤算が生じた理由は粘着的なインフレだ。特にサービス価格の上振れが続いており、インフレ抑制のペースが緩慢なところが主因になっている。特にサービス価格に占める家賃は期間の長い更新もあり、価格の変化が浸透するには時間がかかっており、背景には米経済の底堅さがある。2023年は多くのエコノミストが景気後退を予測したが、しかし

  1. 年後半は国内総生産(GDP)の7割を占める個人消費が年率3%を超える伸びとなって、強い需要が企業が値上をしやすい環境を生み出している。
  2. 賃上げの上昇傾向も根強い。23年は可処分所得の伸びが物価上昇を差し引いたベースで前年から2~4%の高い伸びを保った。
  3. 資産効果も消費を押し上げる要因だ。12日の米株式市場でS&P500 種株価指数とナスダック総合指数が最高値を更新した。

移民の大量流入が人手不足を補い、雇用の勢いにも強さが残る。非農業者部門就業者数は5月も前月比で27.2万人増えた。伸び率は新型コロナウイルス禍前の15~19年平均の19万人を上回る。足元では個人消費の伸び率が1~3月に2.0%まで鈍化するなど潮目の変化の兆しも見える。12日に発表された5月の消費者物価指数は前月比で横ばいとなり、約2年ぶりに伸びが止まった。米連邦公開市場委員会(FOMC)は3月の時点で年内3回を見込んでいた利下げを1回に修正した。だが市場は9月利下げ開始に自信を深めている。2回を予測したFOMC参加者が19人中8人と多かったため、11月の大統領選挙をはさんで実際には12月にも2回目の利下げが実施されるとの見方が多い。9月の利下げは、夏場の物価動向次第となる。

欧州中央銀行やカナダ中銀は6月から利下げを始めた。FRBの利下げが一段と遅れれば、金利差の拡大がドル高を招く公算が大きい。ドルの実質実効レートは1~4月も15年~19年平均より13%高い水準で推移している。ドル高は円安に苦しむ日本だけでなく途上国の重荷になる。ドル高が途上国から資本流出を招きドル建て債務の支払いが拡大し、財務余力の乏しさが経済不安につながっている。インドネシアは4月に通貨防衛のため利上げを迫られた。

米連邦公開市場委員会の失業率見通しはおおむね安定しており米経済の失速を避けつつ高インフレを鎮圧するソフトランディングに向かっていることを示唆する。ただ高金利が長く続けば、住宅市況が悪化したり、商業用不動産向け融資が焦げ付きやすくなって金融機関の経営を圧迫する懸念もある。

FRBが考慮しなければいけないのは、利下げが早すぎてインフレ率が高止まりするリスクと、利下げが遅れて景気悪化を招くリスクの両方のリスクシナリオだ。高金利の長期化はクレジットカード債務を抱える中低所得層などの苦境が深まる恐れもある。金融引きしめの正常化に向けた道のりはなお険しい。

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