【No.284】選挙に期待されるものは…分配の原資は成長の源泉
2022.7.15
世界はいま。いくつもの危機に直面し、歴史的な転換点を迎えている。日本もその渦中にあって、国の舵取りを誤るわけにはいかない。参議院選が22日公示され、7月10日の投票日にむけて選挙戦が始まった。「経済を考える時には、選挙を考えよ。そして選挙を考える時には経済を考えよ」。米統計学者エドワード・タフト著書「選挙と経済政策」に記されている。日本でも同じことが言える。ウクライナ危機を踏まえた外交・安全保障政策も重要な争点となるが、物価上昇にあえぐ国民の関心はやはり経済政策に向かいがちだ。
各党の公約はどうか。消費税やガソリン税の減免、所得制限抜きの手厚い児童手当、広範な教育の無償化…。野党は非現実的な分配戦略を掲げ、減税や給付の大判振る舞いを張り合う。昨秋の衆議院選挙では野党は総じて振るわなかった。バラマキ色の濃い経済公約に、厳しい審判が下ったはずだったが、それでも「生活安全保障」や「ボトムアップの経済政策」などのスローガンで、似たような主張を繰り返す。
与党は予想以上に成長戦略を押し出した。岸田首相の看板政策「新しい資本主義」を国民に問い、人、科学技術、スタートアップ、脱炭素、デジタルへの投資に広く理解を求める構えだ。いずれにしても確たる財源を示さぬまま、資金投入ばかりを訴えるのはいかがなものか。国費だけで50兆円規模の補正予算案編成を求める声が出ており、与党も同じく大判振る舞いに走る危険をはらんでいる。
参院選の経済論戦で競ってほしいのは、財政出動の単なる規模ではない。日本経済のエンジンを再起動する施策の中身である。日本は安易な痛み止めやカンフル剤を多用し、創造的破壊を促す改革を先送りしてきた。米誌フォーチュンによると世界500社の売上部門順位で、日本企業は95年148社から20年は53社に激減した。また日本の国内総生産{GDP}が世界に占める割合も、同じ期間に18%から6%に落ちた。
米国は技術革新に合わせて産業構造を変える。「イノベーション・トランスフォーメーション」だが、欧州は企業の競争力を合併・買収で高める。「コーポレート・トランスフォーメーション」だ。日本はどちらにも振り切れず「昭和モデル」の改善と改良でしのいできた。経営共創基盤グループの冨山会長はそこに真の病巣を見る。一回り小さい同質の経営者が次々と出てくるさまを「マトリョ-シカ現象」と呼ぶと話すサントリー新浪社長は、アニマルスピリット喪失が日本停滞の病根と話す。この病を根治する改革に本腰を入れるべきだ。
仏経済学者のフィリップ・アギヨン氏らによれば、国の豊かさの指標とされる一人当たりのGDPの成長率と開廃業率や特許登録数との間に密接な関係があると分析した。これらの数値を基にフロンティアを開く民間の活力を引き出すために、政府は具体的な税財政支援や規制緩和に効果的に取り組まなければならない。
日本経済センターの3月の中長期経済予測では、新型コロナの感染が22年度中に収束し、ウクライナ危機の打開が、20年代半ばに峠を越す標準的なシナリオでも30年代には、マイナス成長が常態化する可能性があるという。企業収益の低迷による設備投資の落ち込みや、少子高齢化の進行に伴う労働人口の減少などが要因だが、産業の新陳代謝や生産性の向上を後押しする努力は待ったなしだ。
今回の選挙で与党は曲がりなりにも本質の一部をついてきた。3年間で4千億円の能力開発・最就職支援、5年間で起業を10倍に増やす構想などは一定の成果といえる。確かに多くの課題は残るが、深刻なのは野党の対案のまずしさだ。09年に発足した旧民主党政権は企業の活性化を通じて家計に雇用や賃金の恩恵をもたらす政策から、個人の懐を直接温める政策へ転換を目指した。結果子供手当や高校無償化などの目玉政策に必要な財源10兆円を確保出来ず、国民の信頼を失った記憶はまだ生々しい。野党はその失敗を直視した方がいい。分配偏重の経済政策は巨額の財源を要するだけでなく、行き過ぎると個人の自立も妨げかねない。勿論分配は重要だ。コロナ禍やウクライナ情勢による物価高で困窮する人々には手を差し伸べなければならない。これらの原資を確保するためにも、成長の源泉を探る論戦が不可欠なのだ。国民も25年間の停滞から目覚めて、新しい時代に舵を切るチャンスと認識し、責任ある選択肢を示しているはどの政党どの候補なのか熟考したい。